石神井川 その7、加賀藩前田家

今のところは縁切榎には用が無い?ので先に進んでみる。「板橋」から川の右岸を歩いてみたが、すぐに旧川筋を利用したと思われる、やけに細長い「石神井川緑道」という公園がある。そこにも「ふれあい橋」という橋があるが、こちらは旧川筋の橋なので石神井川のメインの橋とは捉えない方が良いだろう。

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この少し先にあるのが「番場橋」(ばんばばし)だが、面白味は感じられない。

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次に出てきた橋には銘板が無く、橋名が判らない。とりあえず「名無し橋」としておこう。この写真を撮影してからかなり時間が経っているので、近々確認のため再訪するつもりだ。

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その先には、最近院内感染でニュースに取り上げられた帝京大学付属病院があり、その手前に「御成橋」(おなりばし)がある。板橋には徳川家の狩り場があったので、たぶん将軍がこの橋を通ったとされ、つけられた名前であろう。「上様の御成」という感じだろうか。

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続いて橋は「稲荷橋」(いなりばし)。両側にガードレールの様なものがあるが意味が判らない。元々はガードレールの様なものしかなく、危険防止のため後になって両側の柵をを取り付けたのかも知れない。この近辺の護岸壁にはツタがからみ、コンクリートの風景に潤いを与えている。

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この辺りから川沿いの樹木も徐々に増えてきて、気分良く歩ける。そんな中、次にあるのが「加賀桜橋」(かがさくらばし)と「加賀学園橋」(かががくえんばし)だが、なぜか2つの橋が並んでいる奇妙な風景である。

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次にあるのが「加賀二の橋」(かがにのはし)。この橋のある加賀2丁目、そしてその先の1丁目一帯は江戸時代に加賀藩前田家の下屋敷があった場所で、現在は地名、そして橋名として残されている。ちなみに加賀藩の上屋敷があったのは、現在の東京大学の構内で、現在の東大赤門も元々は加賀藩邸の赤門だったのである。

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次の橋を目指し歩いていると小規模な公園があり幾つかのモニュメントが置かれている。モニュメントの奥に見えるのが「緑橋」(みどりばし)である。

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