石神井川 その3、川越街道を越えて

川越街道を渡り、最初にある橋が「宿橋」(しゅくばし)。旧川越街道で、大山町境から石神井川までが上板橋宿であった事からこの名前が付いたのだろう。昔はいざ知らず、今の「宿橋」は歩道橋の延長のようで、あまり面白味の無い橋だ。

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そして次が旧川越街道が石神井川を越える場所にある「下頭橋」(げとうばし)。橋の欄干に宝珠が付いた凝った作りになっている。たぶん昔あった木橋を思い起こさせる造りになっているのだろう。「下頭橋」という変わった名前の由来については橋の脇に説明があり次の様に書かれている。

橋の名の由来については、諸説がある。一つ目は、旅僧が地面に突き刺した榎の杖がやがて芽を吹いて大木に成長したという逆榎がこの地にあったから。二つ目は、川越城主が江戸に出府の際、江戸屋敷の家臣がここまで来て頭を下げて出迎えたから。三つ目は、橋のたもとで旅人から喜捨を受けていた六蔵の金をもとに石橋が架け替えられたからというもの・

だいぶ前だが近所の人から「旧川越街道を通る旅人から施しを受ける物乞い(下頭)であった六蔵が死んだ際、六蔵の座っていた場所を掘ると大金がでてきた。そこでその金で橋を作ったと」いう話を聞いたことがある。側には「六蔵祠」もあるので自分では三つ目の説ではないかなという気がしている。

そう言えば、かなり昔になるがここから歩いてすぐの環七に「土佐っこラーメン」というお店があった。今では普通になった背脂がたっぷり入ったラーメンで、仲間内では「ギトギトラーメン」と呼んでいた。いつ行っても混雑をしており、夜はラーメン渋滞ができる程だった。しかし、いつのまにかなくなってしまい、今は常盤台に移り、「下頭橋ラーメン」という名前で営業をしているらしいが、機会がなく未だ行ってはいない。

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次にある「間々下橋」(まましたばし)は2つ前の「宿橋」と同じ作りで面白味を感じない橋である。橋の左側は上板橋第一中学校があり、その先に東武東上線の鉄橋が見えて来る。

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東武東上線の鉄橋をくぐると、両岸に桜の木が植えられており、がらっと雰囲気が変わってくる。桜の時期は一見の価値がある。そして出てくる橋が「中板橋」(なかいたばし)だが、周りの雰囲気に合っているとは感じられない。下流に向かい左の川沿いに小さな広場があり、そこの案内板に「隅田川から6.4km」と表示されている。また「石神井川ウォーキングコース」と書かれた案内板もあり、中板橋から国道17号線(中山道)の新板橋まで往復2.7Kmの川沿いのコースで、体力に応じ、おためしコース(1Km)、にこにこコース(1.7Km)、チャレンジコース(2.7Km)の紹介がある。

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